I'm Swayin' in the Air

旅と音楽とフジロックとブラジリアン柔術

3.11の少し覚えてること

 

東日本大震災から5年であります。あの時は色々ありましたなー、と。

 
 
まずそれが遠因で働いていた会社を辞めました。良い会社だったけど、地震の後交通機関麻痺して帰れない社員がたくさんいるのに意気揚々と帰る社長を見て「うわぁ。。」と思ってたよね。「家族のために帰るぞ!お前らも早く帰れ」ならわかるしカッコいいけど、途中で普通に飲んでたからねあの人。どんだけ酒好きなんだ。あとオフィスの壁にヒビが入ってるのに、地震の翌営業日から普通に出勤命令出るし。すげーな、と。余震で崩れたらどーすんねん。「このビルはね!銀行入ってるから頑丈なの!」と叫ぶ役員の顔が今でも忘れられないでござるよ。
 
いや別に仕事が嫌なわけじゃなくて、ITなんだからリモートでやりゃいいじゃん、と思ったのは懐かしい思い出ですね。今の会社はリモートok+裁量労働制で気をつけないとずっと家に居てしまいそうです。
 
まあそんなのが原因となって転職活動が本格化したわけですね。某創業者か逮捕された会社に転職決まって、気づいたら今でもそこで働いています。そりゃ色々あるけど、たぶん地震きてもヒビ入るようなビルじゃなさそうなので安心してます。
 
 
 
それから福島県いわき市在住の友人が東京に避難しに。僕は元気づけてあげようと思い彼を歌舞伎町に連れて行き飲み屋で「こいつ福島から来たんす!被ばくっす!被ばく!被ばく割みたいなのしてくださいよ!」と店員におらつく最高のもてなしをしたのも今では良い思い出。
 
彼の車に乗るたびに「走る放射性廃棄物」とかオセロブログに書いてよく炎上してました。ほんとすいません。そんな彼もまだまだ元気に生きてます。来週はその車で一緒に名古屋行くぞ。早くチェルノブイリみたいに石棺してください。
 
 
そんな感じの5年前でした。いろいろあったけど、あの日帰れなくてオフィス泊まって。日の出くらいにようやく最寄駅ついて、そこから見えた光景は冬の凍てつく綺麗な空気と相まって信じられないほど美しい山脈が視界に広がってました。いつも見ているはずの景色が、時間帯が異なるだけでこんなにも美しくなることを知らなかった。あの日以来、まあ自分を大切にしようとなぜか思ったことだけは覚えてます以上ポエムでしたそんじゃーね。