カテゴリ: 名著探訪

祖父が他界して約1年。

小1〜高3まで同居していたんだけど色々あって別居して。その後頻繁に顔を合わせることはなく、数年に一回くらいのペースで会っていた。彼は90歳を超えてもなお意識がはっきりしていて、相変わらず将棋を平手で打つと僕より強かったことを覚えている。

僕が結婚した時にご祝儀をたくさんくれた祖父と祖母。離婚してしまったので謝りにいった時のことだ。今から7年くらい前だったろうか。自宅に行き普通に経緯を報告。その後は世間話をしていたんだけど、帰り際バス停までいく僕を祖父が「見送る」といいバス停までついてきてくれた。

バスを待ちながら祖父は僕に対して「まあ離婚は仕方ないな。お前もわかってるだろうけど、そういう血をひいてるのかもしれないな、はっはっは」と豪快に笑い飛ばしていた。「お前もわかってる」の意味が何をさしているのか正直わからなかったし、わかりたいとも思わなかったので「そうだね〜」などと適当な相槌を返しているウチにバスがきて僕たちは別れた。

そのことについて再び話すことのないまま彼は大往生をとげた。結局あの時何を言いたかったのかはわからないまま墓場に持って行かれたわけだけど、たぶん知らない方がいいことはたくさんある。今さら両親や親戚にそれが何なのかを聴くつもりもない。それでいいのだ。


そんなぼんやりと考えていたことを思い出したのが、下重暁子さんの『家族という病』を読んだからであった。


 
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