I'm Swayin' in the Air

旅と音楽とフジロックとブラジリアン柔術

クソのような職場には、クソな仕事しかないし、クソな人間しかいない

いよいよ年末がきた。

仕事でのお取り引き先の皆さまへの年賀状も書き終わり、いよいよ仕事納めモード突入となっている。2017年は12月29日まで普通に働き、新年は1月9日から勤務開始である。嗚呼幸せだ〜〜〜めっちゃダラダラして遊びまくって作曲しまくって食べ飲みまくって太るぞおおお〜〜〜〜

 

ふと考えてみると、こうやって年末年始を普通にカレンダー通り+有給くっつけて長い休みを取得できるようになったのは29歳のときに偶然ITに潜り込み、この業界で働くようになってからである。

20代はクソみたいな仕事をずっと続けてきた。今振り返ってみても、仮に休みはあっても1日の給与が小学生のお年玉の平均額にも満たないくらいの超薄給な仕事か、給与が普通に出るには出るけど連日上司からの「お前ら給料泥棒か?」的なパワハラ上等的な恫喝が飛び交ったり月一日しか休めないような仕事しかしていなかったので特技・病んでますみたいな状態になっており、リラックスとかそういう概念がそもそもなかった。

 

何の脈絡もなく今思い出したのは、24歳のときの「携帯電話のパーツを組み込む工場(というか作業場)」における仕事だった。今から15年ほど前だろうか。もちろん日雇い労働だ。

朝7時とかいう気の狂った時間に駅に集合させられ、明らかに定員数を無視した人数が汚いバンに詰め込まれて作業場に向かう。現代の奴隷船はこんなところにあった。車内で明るい顔してる人間なんて誰もいない。

到着して始業時間になると、延々と携帯電話の中身にパーツを組み込む流れ作業や検品などをさせられた。「何なんだよこの仕事は。ロボットにやらせろよこんなの。まあそれやられると俺の仕事無くなるんだけど」とずーっと思いながら部品をかなりテキトーにはめ込んでた。

僕が最終検品する時なんて、ほんとどうでもよくて製品を見てるフリして何も見ないでOK出してた。不良品つかまされた運の悪い人間もいるだろう。初期不良なんだから交換すればいいんだよ、おれの人生には関係ないわ、くらいに思ってた。

クソみたいな職場でクソみたいな給与しか出ないんだから、クソみたいな仕事だけしてればいい。 責任は偉くて給与もらってる人が取ればいいのである。そんな精神力が養われる素敵な職場でした。

 

その後不動産関連の営業職に採用され (何度かこのブログに書いてるが、人生史上最低の職場体験だった。2度とやりたくない)、その奴隷工場を辞めることになった。最終出勤日の昼休み、今まで一度も会話したことのない汚い色した髪の毛のおばさん集団のボスみたいな太った醜悪な容姿の女が昼休憩の時間に突然話しかけてきた。

 

「あなたさ、最終日だから言うけど、みんなから嫌われてた わよ」

 

今まで話したことない人が最終出勤日に話しかけてくるものだから、(社交辞令でも)何か惜別の言葉をくれるのかと思って身構えてたら「みんなお前のことが嫌い」ときたのでちょっと何言ってるのか理解できなかった。

退職していく人間(しかもこいつに迷惑をかけていたわけではない)に伝える言葉にしてはなかなか刺激的である。日本のコミュニティで生活していて「お前嫌い」と面と向かって言われることはあまりないだろう。たぶん最終日だから、どうしても僕に向かって嫌いと言っておきたかったに違いない。

 

 

「嫌われてるのはいいですけど、俺たちたぶん今後一生会わないから関係ないんじゃないですか?おばさんも残りの人生頑張ってね」

 

 

と僕はエールを送り返しておいた。おれ優しいなあ。ジェントルマン。あのウンコみたいな髪の色したおばさん元気かな。

 

とにかくそういう、最低の人間が集まる職場で働いていたことは忘れないようにして、今の仕事が実に充実しているということを噛みしめながら年末年始を迎えたいな、と思いました来年もそこそこ頑張ります。