インターネットサービスとしてのnoteは嫌いなのだけど、青木真也の有料noteがめちゃくちゃ好きなので、詰まるところ「はてなブログ」の「有料記事機能」を試験的に試してみたいとふと思っている話

突然ですが私は「note」が嫌いです。
(仲の良い友人が働いているにも関わらず!)


嫌いな理由はいくつかあるのですが、アクセス流入の構造がXに依存し過ぎているところが最も苦手な所です。私以前はTwitterの住民でしたが、経営者になってから「損しかないな」と感じたのであの世界を去りました。

僕はとあるSaaSの会社で経営者をやってるのですが、自社のサービスが不具合で炎上してしまったとき、僕のTwitterアカウントも捕捉されてしまい、記憶すらない些細な過去の投稿まで掘られてしまい「調子に乗ってる」という感じで界隈にて糾弾されてしまいました。Xから1円も収益が発生していないのにそんな目に遭うくらいなら、ということで辞めました。

Xフォロワーからの流入が途絶えると、当たり前なんですがnoteをいくら更新しても誰も読みに来ません。Poorすぎる!というわけで試験的に更新していたnoteも消滅させたという感じです。

 

そんなわけなんですが、唯一僕が有料購読しているnoteがありまして、それが格闘家「青木真也」さんのnoteです。僕はいわゆる「青木真也教の信者」みたいな感じですね。

note.com

ちなみに僕は中期後期PRIDE世代です(プロレスファンではなかったので初期PRIDEは意味がわからなかった)。

いまPRIDEを知らなかった世代がRIZINに熱狂しているように、当時プロレスがわからなくてもPRIDEに熱狂することはできた。ノゲイラやヒョードル、ミルコみたいな規格外のどでかい重量級外国人格闘家は自分とは無縁すぎて感情移入できなかったけど、軽量級の格闘家は日本人が多いこともあり熱狂して観ていたんだよな。五味隆典やマッハも好きだったけど、僕がもっとも好きだったのは青木真也と宇野薫である(宇野さんはPRIDEじゃなかった気もするけどよく覚えてない)。グラウンドテクニックやレスリングテクニックを軽量級MMAに用いて屈強な外国人ファイターを倒していく姿にいつも興奮していた。

 

2007年にPRIDEが消滅したので、「あれから」もう19年も経ったらしい。その頃活躍していた青木真也が今も格闘家をベースとしつつ論客としても強烈なプレゼンスを示していることはシンプルに「信者」として嬉しい。だからnoteは彼が更新し続けるかぎりずっと課金する。これは僕にとってはお布施なのだ。宗教行為だ。

 

青木真也の尊敬できるところは「すべてを仕事」としてやっているところだ。だから信頼できる。楽しいとか好きとかじゃなくて「仕事だから」やる。仕事だからMMAの試合は「ギャラを絶対に下げない」(とnoteにいつも書いている)し、noteも毎日更新している。毎朝6時に更新通知がきてその通知音で起きている。もはや健康なのか不健康なのかわからない。RIZINが開催される時はどの格闘技メディアよりも早く圧倒的な文章量でnoteを更新してくる。以前は「やらない」と公言していたYoutubeも「仕事」としてやり始めたからだろう、動画もショートも毎日更新してくる。恐ろしい発信量だ。もちろん直接的な対価は発生しなくても「面が取れる」と判断したらそれは将来の仕事に繋がるから「やる」というのもあると思われる。

 

楽天経済圏で生きていると生活のすべてが楽天に染まるように、結果的に我々信者は毎日青木真也のコンテンツを浴びることになるのだ。お布施のし甲斐があるってもんだぜ...。

 

 

しまった。僕は「今までこのブログは嗜好的に更新するだけのプライベートブログなのになぜ有料記事を書こうと思ったのか」を説明しようと思ったのに、青木真也が好きってことしか書いてなかった。

 

SNSをやってはいないのだけど、実はこのブログはかなり昔から更新していたこともありそれなりにアクセス数が今でもあるのだ。ブログはオワコンになったかな、と思ってたけどアクセス解析を確認すると定期的に読みに来てくれる人が今でもそれなりにいる。青木真也とは比較にならない小さい規模だけど僕なりの「箱庭」を作りたいと思ってきたのである。
それから「経営者目線」の情報濃度はかなり強烈なものがある。もちろん大衆の目に入る部分には書けないけど、きちんと抽象化して起業を考えている人に濃厚な情報を「仕事として」届けたいと考えたからだ。これは有料ゾーンに書いてみようと思ってることですね。

あとブログというメディアは検索エンジンが死んだら同時に終わる運命だったけど、生成AIが検索エンジンのかわりとなってきた今、実は「信頼できるブログ」は生成AIに拾われやすくなるのでは?と予想している。AIが書いていない人間の手で書かれたブログは生成AIにとっては貴重な情報源になる仮説を持っており、それを立証してみたいという狙いもある。

 

そんな感じで、要は「ブログもっかい頑張るか〜」という話でした。「仕事」要素も増やしながら、更新を定常化させようと思えてきたところであります。